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8月31日

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4日間でベートーヴェンのピアノソナタ全32曲を一人のピアニストが一気に演奏する、という、前代未聞のコンサートの感想です。

ピアニストは、ジョルジュ・プルーデルマッハ―、フランスの一流ピアニストですが御年69歳です。

ベートーヴェンのピアノソナタは一曲が平均20分前後ですので、単純計算でも全曲演奏に11時間くらいかかることになります。

一曲だけでも大変なソナタを全曲、という体力的にもハードで無謀なこの企画を、69歳のプルデルマッハ―がよく承諾したなぁ、と思います。

 

ベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏会は、前に一度聴いたことがあり、2008年の大晦日に、午前10時ごろから、翌深夜1時半ごろまでの

15時間ぶっ続けという、やはり前代未聞のコンサートでした。ただ、この時のピアニストは15人いて一人が1〜3曲を担当して演奏しました。

聴くほうも大変でしたが、様々なピアニストの効き比べの味もあり、楽しい年越しのお祭りだった、という記憶があります。

しかし、今回は週をまたいでとはいえ、4日間でそれを一人のピアニストが弾くというのですから、怖いもの見たさもあって会場に通いました。

 

週をまたいでの土日、昼夜1日2回の公演が4日間で全8公演。プログラムは、1公演ごとに主に同じ調のソナタで構成されています。

こうしてみると、重い暗いと思われがちなベートヴェンのソナタも、明るい長調の作品の方が多いのに驚きます。

 

プルーデルマッハ―氏は、もちろんピアノソナタの全集録音がありますが、演奏の際、3大ソナタ以外は楽譜を置いて弾いていました。

3日間が終了した時点では、素晴らしい演奏だと感じたのは、初日暗譜で演奏した第23番「熱情」、第17番「テンペスト」と、3日目の第30番でした。

各曲の演奏レベルにはずいぶんムラがある、というのが率直なところです。

 

プルーデルマッハ―氏の演奏の特徴は、リズムの流れを重視して躍動感を大切にした演奏、といえるでしょうか。

比較的速いテンポの楽章を得意としているようで、緩やかな楽章の歌うような旋律の描き方には少し物足りなさを感じます。

また、対位法的に3声・4声になるところの浮かび上がる旋律も途切れがちで、もう少し線的なつながりを大切にしてほしいと感じます。

 

とはいえ、曲の聞かせどころを知り尽くしていると思われる「熱情」「テンペスト」は緻密で表情豊かな演奏でした。

ただ、それに比べ、名のない初期ソナタでは、まるで初見の楽譜を弾いているかのようなたどたどしい演奏もあり、

また、1・2日目の夜の公演の最後の曲では、疲労でボロボロな感じがあり、特に2日目は1日目の疲労が回復していない感じで、

得意の第21番「ワルトシュタイン」すらもミスの連続でボロボロでした。

ところが、3日目は4日の中休みがあったとはいえ、夜の公演の最後の曲だった30番が素晴らしく、この曲への思い入れが感じられました。

 

4日目、私が期待する32番がプログラムに組まれている最終日、それまでの3日間の感想を覆す出来事が待っていました。

この日、昼夜9曲のソナタを演奏し終わった後、プルーデルマッハ―氏がアンコールに選んだ曲は、一曲45分もあるディアベリの変奏曲でした!

「この人本当に69歳なのか?」聴いている方が参ってしまうような体力勝負を挑まれ、降参して帰ってきた次第です。

(おかげで家に帰り着いたのは午前様でした・・・。)

 

とりあえず、私の推測した2日目の疲労による演奏の劣化説は間違いだったと訂正させていただきます。

(他に考えられる原因は、譜めくりの女性が1日目の美人さんじゃなかったことくらいしか・・。それが証拠に3・4日めは1日目の女性でしたから・・。)

 

冗談はさておき、

最終日の夜の公演の演奏にはハ短調のソナタ、すなわち5番と第8番「悲愴」。そして第32番が組まれていましたが、良かったです。

昼の公演の31番は、第2楽章でもたつき、(ほんとうにこの楽章でつまずく演奏家は多いですね)曲として最高の出来と思われる3楽章のフーガは

曲の良さに救われて及第点、という感じでしたが、夜の最後の公演は全て良く、32番も良くて満足しました。

 

32番2楽章、17分くらいの演奏だったと思います。

メリハリの効いた第1楽章の後、しっとりとはじまったアリエッタは繰り返しを退屈させることなく聴かせ、前半変奏部の最後では少しやり過ぎと

思う速弾きもありましたが、ゆったりとした和音進行へ無理なくつなげ、次第にトリルとともに主題が浮かび上がってくるところの盛り上がりも

丁寧に弾いてくれ、最良とはいえないものの、十分に魅力的な演奏を奏でてくれました。

 

ピアノソナタ全曲演奏の8回目の最終公演が素晴らしかったため、終演後拍手が鳴りやまず、出てきたプルーデルマッハ―氏が

メモした日本語で「ピアノソナタ全曲の後に演奏できる曲は一つだけ。それはディアべりの変奏曲です。」と言いました。

その理由は、3つ。

1つ ピアノソナタ32番の楽想に似ていること。

2つ 全ピアノソナタを思い出させること。

3つ 全ピアノソナタにない試みがふくまれていること。

と語って、弾き始めました。

正直に言って、私はディアべりの変奏曲が苦手です。変奏の音楽的な聴きどころが今一つわからないとこの理知的な曲を45分聴き続けるのは

苦痛ですらあります。

20年ほど前、何も知らずにM・ポリーニの演奏で「ディアベリの33の変奏曲」を東京文化会館で聴いたのですが、途中から置いていかれた感がつよく

“苦手な曲”というイメージがこびりついていました。

 

この日のアンコールでも、何しろ昼夜ピアノソナタを聴き続けた最後に45分休みのない曲のアンコールですから、半分ゲッソリです。

でもプルーデルマッハ―氏の日本語での「私からのプレゼントです」と言われてしまえば、喜んで聴くしかありません。

 

帰ってきてから、CDの棚からから、同じフランス人のジャン=フランソワ・エッセール氏のディアベリの録音を見つけて聞いてみたところ、

軽妙な演奏で、聴き易く、変奏の面白さもどこか感じられるようになりました。

プルーデルマッハ―氏の全曲演奏会は聴くほうも大変なお祭り的演奏会でしたが、終わってみれば良い経験だったと思います。

参加できて良かったと思っています。

 

(9月7日に一部書き直ました。)